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医学部の学生は専門とする診療科をどのようにして選ぶか:私の場合 [雑感]

医学生の頃の話である。

医学部の学生に対して「専門は何ですか」と問うている人を見かける。大学の医学部では歯科以外はすべて学ぶので、学生のうちに専門が決まるものではない。医師国家試験はもちろん全科目から出題される。もう少し具体的に言うと、臨床医学の基本は内科であり、すべての診療科は内科の拡張である。だからすべての診療科目を勉強するのである。

現在は専門を選ぶのは医師になって2年間の研修が終わるときである。私の頃(1987年卒)は大学を卒業するとすぐに各医局に入った(最初は各科をローテーションをする大学もあった)。そこで2年間の研修を行うのだが、実際は研修医とその後のキャリアは連続している。私の父も医師だったが、彼は1956年卒で、その頃はまだインターン制度があった。これは卒後1年間各科の研修を行ったのち医師国家試験を受験するというものであった。

さて、何を基準に専門を選ぶのかは個人によってさまざまである。自分が興味を持った診療科目を選ぶことが実際には多いであろう。なかには親のあとを継ぐことを考えて親と同じものを選ぶ人もいる。

私の父は整形外科の開業医であったが、あとを継ぐ気もなく、整形外科には何の興味もなかった。だから好きだった精神科を選んだ。

実は、大学卒業前、精神科か泌尿器科のどちらかにしようと考えていた。学生実習で各診療科をまわったとき、医局の雰囲気が良かったのが精神科と泌尿器科だったのである。こういう「職場の雰囲気」が意外に大事である。精神科には邪悪な先生はいなかったし、泌尿器科の先生方は底抜けに明るかった。名前は書かないが、学生から見ても雰囲気が暗い医局はあった。悪い意味で体育会系のところもあった。もっともこういうのは大学によって違うだろう。

私の大学では卒業前に各医局が勧誘説明会を開いていた。精神科では学生からの質問が多かったので興味を持つ者が多かったのだろう。泌尿器科の説明で感心したのは、初年度はバイトすればいくらぐらい貰える、とはっきり示してくれたことだった。このようなオープンは姿勢は他の医局にはなかった。また、最初の5年間でどのような技術を身に着けられるか、という具体的な説明もあった。たしか5年目終了時に小手術では主執刀者となれるようにする、という内容だった。

泌尿器科の勧誘会に参加こともある。場所は忘れたが、たぶん六本木あたりで先輩がおごってくれた。二次会ではバニーガールがいる店にも連れて行ってくれた。あとで泌尿器科に入った友人から「あそこまでついてって入らなかったのはお前だけだよ」とからかわれた。

教授も面白い人だった。医局員が教授に「先生も勧誘の飲み会に出てくださいよ」と言ったら教授は「オレも行きたいのはやまやまだけど立場上行けねえんだよ」と言った。泌尿器科の教授は大学で研修医振り分けの責任者をやっていたのである。

その後私は尿路結石が繰り返しできてその泌尿器科に20年近くお世話になったが、患者として嫌な思いをしたことは一度もなかった。

いっぽう精神科にも面白い先生がいた。大学5年がおわったあとの春休み、各自が好きな病院に1週間程度見学に行くというイベントがあった。私は関東地方のある病院に行ったのだが、そこの精神科の先生の実態は驚くべきものであった。

「昼ごはん食べに行こうぜ」と誘われて2人の先生についていったら、なんとふたりともビールを注文しているのである。
「えええ?大丈夫なんですか?」
「午後は外来は無いし、病棟からもまず呼ばれないからw」
という返事であった。そして医局では16時頃からまたみんなビールを飲んでいたのである。のんびりした時代もあったものである。

そのうちひとりは「天才」と呼ばれ、のちに大学で私の指導医となった恩師である。もうひとりはいまその病院の院長となっており、児童思春期精神科の大家である。

いま、大学卒業後2年間の研修期間は各科をローテートする仕組みになっている。しかし私はこれには反対である。

技術を学ぶということは若いときに集中的にやったほうが良い。しかし短期間で次の場所に移ってしまうこの制度では、結局患者さんに主治医としてじっくり関わることができず、医学生並みの「見学」に近い状態で終わってしまう。

たとえば、もしプロ野球チームに入ることが決まった人が、「若いうちはまずいろいろなスポーツを経験したほうが良い」という理念のもとに2年間で柔道・水泳・テニス・陸上・サッカーなどをローテートし、その後にプロ野球の球団に入るような仕組みだったらどうであろうか?若い2年間でしか身につかないものが学べずに終わってしまうということになりはしないか。こういう無駄なローテーション制度はやめたほうが良い。

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国営放送の朝ドラのクレイアニメが [雑感]

従軍慰安婦像みたいで気持ち悪いです。

昔のヘアスタイルなんでしょうけど。

誰も感じないのかな?


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人口対策について [雑感]

現在の日本は超高齢化社会であるが、かつて、人口を調節するプロジェクトが存在した。今もあるのかどうかは知らない。

私が小学生の頃の話である。祖母の家に遊びに行くと、コンドームがたくさんあった。それが何のためにあるのか、私にはまったくわからなかった。

祖母はもともと助産師であったが、実際の分娩に関する仕事を辞めてからは保健所の非常勤職員になり、乳児の育て方の指導をやっていた。

それとは別に「家庭生活研究会」という組織に所属し(その組織を作った一員でもあるという説あり)、日本の人口調節に関する仕事をしていたのである。役所の委託を受けて、ということらしい。その役所がどこかはわからない。母の話によると「国」だということだ。そのため、家族計画の教材としてコンドームをたくさん持っていたのである。

この「家庭生活研究会」は今でも杉並区に存在する。ウェブサイトを見てみると、

「本会は、昭和29年、有志の女性方の賛同を得て、女性ばかりで発足いたしました。
当時、わが国では人口問題が政治、経済、社会の重要課題となっていたことにも鑑み、私たちは、まず母性保護と健全な家庭作りの立場から家族計画普及運動に取り組みました。」

とあり、人口の調節が主たる目的であったことがはっきりと書いてある。

しかし現在はそのようなことはしておらず、障害児のサポートを仕事としているようだ。

いっぽう、当時の厚生省の人口問題研究所から「昭和30年度事業報告書」というものが出ている。ここには以下のようにある。

・・・・昭和29年の出生率は人口千につき20で我が国はすでに世界の低出生率国の一つに加入したといってもよいわけであるが・・・・生産年齢人口の激増は、労働市場に対する圧迫をきわめて深刻化しており・・・・就業者数の外見的膨張にもかかわらず、低所得の不完全就業層は最近とみに累増傾向を示し、完全失業者数もまた上昇気配を濃くしている。人口問題は雇用問題を焦点としていよいよ重大さを加えており、当面並びに長期にわたって人口対策の確立を強く要望している。・・・・

「人口対策の確立を強く要望している」の主語が不明であるが、これは厚生省もしくは国、あるいは「一般的にそう思われている」(英語でいうと They say ...)ということなのだと思う。

確かに、出生数のグラフを見てみると、この頃の数値は下がりつつあるが、現代と比べればまだまだ高い。

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もちろんベビーブームの当時に生まれた人たちが労働市場を圧迫していたわけではない。彼らはまだ乳幼児なわけであるから。失業者が多いのにこれ以上人口が増えてはたまらん、ということである。

で、その後実際にはどうなったか。ベビーブーマーたちは中卒で就職し、大都市では大量の安い労働力を手に入れられるようになった。そのため復興しつつあった日本の経済がその速度を増し、敗戦国では西ドイツと並ぶ経済大国となったわけである。

出生率増加の本当のひずみはそこから何十年も経って現れた。高齢化社会・そして超高齢化社会である。現在は4人に1人が高齢者。近い将来は3人に1人が高齢者となり、さらに増えていく。

そのいっぽうで出生率は下がりっぱなしである。一般的に生活水準が上がればそれを保つために生む子供の数は少なくなる。しかしこんにちの日本では少子化の本当の原因はそれだけではない。

それは、子育てそのものがきついからである。その要素としては、教育・地元・学校がある。「教育」というのは説明するまでもないが進学のこと。「地元」というのは町内会や自治会と言われるもの。子供に関しては育成会と呼んでいるものもある。田舎ほどその活動が忙しい。「学校」とはPTAのことであり、教育とはまったく別のものである。都会では当たり前のことであるが、田舎でも「地元」「学校」が嫌な親はあえて都会の私立に子どもを通わせたりする。

子育てには費用がかかる点も見逃してはならない。いまは猫も杓子も上級学校に行こうとする。本来はそんな必要はないのであって、高校進学は全中学卒業者の2割、大学は1割程度が行けばいい。整式の二次方程式が解けないどころか分数の四則演算もできない高校生など要らない。教育関係者は失業するだろうが、いま日本は税金と親の金で合法的な若年失業者を養っているのである。

いまや結婚や子育てはリスクと不安をもたらすものである。人口問題を調査研究している機関がどういう事を考えているのか私は知らない。しかし、人口減少を憂うのであれば、親が何を苦痛としているのかということをよく調べないと見当違いに終わるであろう。金をばらまけば解決する問題ではないのである。

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久しぶりのMT車 [雑感]

20年ぶりにAT車からMT車に乗り換えた。購入4日目に茨城県内200kmを走ってきたのでおもにシフト操作についての感想を書く。なお車種は FIT RS である。

平地であればアクセルを踏まなくてもクラッチを繋ぐだけで走り出す。これは便利である。今の車は皆こうなのだろうか? ただし最初から大きな加速が必要なときはアクセルを踏む。まあ、そんな場面は一般道走行ではあまりないが。

あとは普通にシフトアップしていけば良い。燃費を考えた場合、40km/hなら4速、60km/hなら5速で定速走行。60km/以上なら6速でもいけるが上り坂や加速が必要な場合はシフトダウンしなければならない。4〜6速のギア比の違いは小さいとも言えるし大きいとも言える。場面による。

買って3日間はエンストがなかった。しかし今回は1日で5回もエンストした。最初の3日間は自宅と職場の往復であったので、どこでどういう操作が必要かは前もってわかっていた。しかし走ったことがない場所では事情が違う。最初のエンストは那珂湊市内の車がやっとすれ違えるような細い道で起きた。いきなり対向車が出てきて(道がカーブしていた)、2速でクラッチを踏まないまま停車してしまった。これが最初のエンスト。その後も予想外のことが起こって停止する場合にエンストが起きた。余裕がなくなってAT車の運転癖が出てしまったのである。

それを理解したらクラッチを意識して停止することができるようになり、エンストは減った(まだ完全には撲滅されていない)。

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